幕府とは何かをわかりやすく簡単に説明!藩や朝廷との関係も紹介

幕府の城

あなたは、テレビでどんな番組をよく見ますか。

私はテレビで、よく大河ドラマや時代劇を見るんです。
そして、私の息子は小学生なんですが、これまた大河ドラマや時代劇が大好きなんです。


あるとき、テレビを見ながら、息子が私に聞くんですよ。
「お父さん、幕府って何?なんのこと?」」


こうみえて、私って高校・中学の社会科の教諭免許を取得したことがあるんです。
(まあ、今の営業マンとしては、あまり意味がないんですが・・・。)


なので、私は息子に説明しました。
「幕府っていうのは、もともと、古代中国で、戦いの指揮を取った将軍の陣地を幕府といったのが、・・・。」
いや~、はりきって息子に説明しましたよ。


説明を聞いていた、息子が一言いいました。
「お父さん、難しくて、いっちょん、何言ってるかわからん。」


いや~、ショックでした。
幕府という言葉を小学生にわかりやすく、簡単に説明するって難しいです。


そこで、今回は幕府とは何かを、わかりやすく簡単に説明してみました。
さらに、幕府と藩(はん)、朝廷との関係も紹介しています。


あなたもこの記事を読めば、「幕府とは何か」を子供さんにわかりやすく説明することができますよ。

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幕府という言葉の由来

幕府という言葉の由来はどこからきているのでしょうか。
それは、中国から来た言葉なんです。


中国で将軍が戦いの指揮を取るための陣地を「幕府」と呼んでいました。
幕(まく)をはり戦いの指令場所にしたところのことなんです。

また、もうひとつの由来はこうです。


「幕」とは横幕(よこまく)という言葉があるように「まく」のことをいいます。
「府」とは政庁のことで、政庁とは政治事務を行う役所のことです。


ですから、幕府とは役人がいて、政治を行う場所のことなんです。

将軍が指揮を取っていた陣地が、政治を行う場所へと言葉の意味が変わっていったんですね。

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幕府とは何かをわかりやすく説明

幕府というのは中国では、将軍が指揮を取る場所のことでした。
それが、日本に入って来て、征夷大将軍(将軍)が政治を行う場所。
そして、征夷大将軍(将軍)が政治を行う体制のことに言葉の意味が変わっていきました。


なので、日本で幕府といえば、分かりやすく簡単に言うとこうなります。

幕府とは

「鎌倉時代」「室町時代」「江戸時代」時代に武家の大将である将軍が政治を行う体制のこと。
それで、「鎌倉幕府」「室町幕府」「江戸幕府」と言います。


ただ、形の上では、力は武家が握っていたとはいえ、征夷大将軍はあくまで、朝廷から任命されるものです。

ですから、形の上では、朝廷から日本の政治を行うのを、まかされていたということになります。

幕府と藩(はん)との関係

藩という形が確立されたのは、江戸時代に入ってからになります。
藩というのは1万石以上の領地を持つ大名が支配していて、政治を行っていた領地のことです。


藩の上に藩をたばねる幕府がありました。
しかし、その土地を支配し、政治を行う自由はあたえられていました。


ですから、幕府と藩との関係はこうなります。

幕府は日本で一番領地と力を持っている最大の大名。
そのため、各藩に領地をあたえ、それぞれの藩の政治を行わさせていた。


それぞれの藩は藩内の政治は任されていたが、藩の領地は幕府からあたえられたもの。
ですから、幕府の命令には従わなくてはならなかった。


藩の殿様は自分の領地では、一番の権力者でしたが、幕府の前では、その権力も無力となっていたわけです。

なぜなら、幕府に逆らえば、国替えをされたり、領地召し上げになっていたわけですから。


幕府は力と権力で、藩をしばっていたわけですね。
そしてこの関係を幕藩体制といいます。

幕府と朝廷との関係

幕府の最高権力者である将軍は、朝廷から日本の政治をまかされているという形をとっています。

わかりやすい例えとしては、歴史の教科書にのっている「日米修好通商条約」があります。
1858年に江戸幕府が日本政府としてアメリカと結んだ条約です。


しかし、幕府は朝廷から日本の政治をまかされているのですから、朝廷の許可がなくては、本当は外国との条約は結べないのです。
けれども、天皇の勅許(天皇の許可をいただくということです)を得ないまま結んでしまいました。


朝廷の許しを得ないまま結んでしまったため、朝廷の幕府非難がはじまり、幕藩体制の崩壊がはじまったのです。

幕府と朝廷との関係

幕府は日本では朝廷より武力、権力を持っていました。
しかし、その最高権力者である将軍や官位(大納言、中納言などの地位や身分のこと)は朝廷から任命されていました。
ですから、形式的には幕府の上に朝廷が存在していました。

そして、幕府は朝廷から形の上では「日本の政治は幕府にまかせるから、よろしくね!」と委任され日本の政治を行っていたのです。


位は朝廷、力は幕府という二重政府のような形になっていたのです。
幕府の力が強い時は、よかったのですが、幕府の力が弱まるにつれ、この二重政府の形が幕府を苦しめました。

まとめ

徳川家康
幕府とはもともとは中国で、将軍が戦いの指揮をとるための陣地のことを言っていました。
その言葉が日本に入ってきて、征夷大将軍(将軍)が政治を行う体制のことを指すように変わっていったんです。

幕府と藩との幕藩体制がかたまったのは、江戸時代になってからです。
幕府は、大名に領地をあたえ、藩として政治、自治をまかせました。


そして、藩は幕府に領地をあたえられていましたから、幕府の命令にはさからうことはできませんでした。
幕府は自分たちのいうことを聞かない藩は、領地を没収したり、国替えを行う力を持っていました。


でも、それでけ力と権力をもってはいましたが、形式上は、朝廷から日本の政治をまかされていたんです。
その二重政府という形が、最後には江戸幕府の終わりへと、みちびいてしまったんです。

幕府があったから、江戸時代と言う平和な時代がありました。
そして、幕府があったから、今の時代があるのかもしれませんね。

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