魚心あれば水心とはどんな意味?由来や類語は?使い方も紹介

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「魚心あれば水心」


時代劇で、聞いたことがあるこのことわざ。


悪徳商人:「御代官様、そこをなんとか、私にその普請の仕事を。」

悪代官 :「まあそうじゃのう。魚心あれば水心ともいうしのう・・・。」

悪徳商人:「わかっておりますよ、お代官様。とりあえずこの黄金色の・・・。」


悪代官

なんだか、あやしいいこの場面。
このことわざは、なんか悪い意味で使われるものなんでしょうか。


これは、社会人として、商談に出てきそうな、このことわざの本当の意味を知らなければ!


ということで今回は、「魚心あれば水心」ということわざの意味と由来。
そして、類語や使い方もみていきましょう。

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目次

魚心あれば水心の意味と由来

まずは、このことわざの意味を知らなければ、話がすすみません。

ということで、「魚心あれば水心」の意味をみてみましょう。

魚心あれば水心の意味

このこわざの意味は、日本人らしい意味なんですよ。

魚心あれば水心の意味

「相手が好意をしめしてくれれば、こちらも相手に好意をもった対応をする。」と言う意味のことわざなんです。

相手の自分に対する、でかたしだいで、こちらの相手の対する行動も決めるよ。
ということなんです。


日本人の特徴的な、直接言葉に出さなくても「言わなくてもそんなこと、わかるでしょう。」
という、おたがいの気持ちの探り合いなんですね。



ではつぎに、このことわざの由来をみてみましょう。

魚心あれば水心の由来

この「魚心あれば水心」ということわざは、もうちょっと長い言葉だったんです。

それは、「魚、心あれば、水、心あり」という言葉だったんです。


魚と魚が住む水は切り離せない関係です。
なので、この「魚、心あれば、水、心あり」というのはこういうことなんです。

魚が自分が生きることに必要な水に好意を持てば、水だって魚にたいして、好意という心を持つんだよ。
ということです。


この言葉が、略されて「魚心あれば水心」ということわざになったといわれています。

類語

「魚心あれば水心」ということわざは、本音をいわない日本らしいことわざです。
なので、類語もあるんですよ。

魚心あれば水心の類語

  • 水心あれば魚心
  • 君心あれば民心あり(きみごころあれば たみごころあり)
  • 水魚の交わり
  • 網心あれば魚心
  • 落花流水(らっかりゅうすい)


この類語で、ちょっとわかりにくい類語の意味を紹介しましょう。

肝胆相照らす(かんたんあいてらす)というのは、「おたがいに心の底を包み隠さず、親しくつきあう」と言う意味です。

落花流水(らっかりゅうすい)というのは、水に落ちた花は流水にまかせて流れたいし、流水は落ちた花を浮かべた流水になりたいということから、
「男性が女性を大切にすれば、大切にされた女性も男性を大切にする」と言う意味なんです。

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魚心あれば水心の使い方と例文

このことわざの使い方は、こちらに好意をしめしてくれれば、
こちらも好意をしめすよという使い方をします。


たとえば、こういう使い方をします。

魚心あれば水心の使い方

使い方

A君:「しまった!美術の授業で使う絵具をわすれた。
B君、君はクラスも違うから、絵の具を貸てくれよ。」

B君:「貸してもいいけれど、今日の教室の掃除、手伝ってくれたらね。」

A君:「しかたがない。魚心あれば水心だしね。」


ギブアンドテイクの場面で、よく使われますね^^

魚心あれば水心の例文

それでは、例文もみてみましょう。

例文

「営業マンは結局は人と人との心のつきあいが大切ですから、魚心あれば水心の気持ちを持って
お客様と接してください」

「この前は先輩に仕事を手伝ってもらったんですから、今度は私が先輩の仕事、手伝います。
魚心あれば水心ですからね」


使い方では、ギブアンドテイクの例をつかいました。

いまでは、こういう使い方が多いですから。


しかし、本当は、例文のように真心という心と心のつながりで使いたいものですね^^

魚心あれば水心の反対の意味の言葉

それでは、あなたに、せっかくここまでお読みいただいたんですから、反対の意味の言葉も紹介します。

反対の意味の言葉

「落花情あれども流水意無し」


このことわざのは、「流れに落ちた花は、流水に流れていきたいのに、
流水は、そんな気持ちを知らずに流れていく」ということです。



なので、このことわざの意味は、相手に対する心が、相手に通じるとは限らないと言う意味なんです。
心と心の駆け引きがある「魚心あれば水心」とは反対の心が一方通行になってしまった意味ですね。

まとめ

「魚心あれば水心」の意味は、相手が好意をしめしてくれれば、こちらも相手に好意をもった対応をするというものでした。


本来は、よこしまな心とよこしまな心の、つながりのことわざではなかったはずです。
日本人は相手の心を尊重する、やさしい心も持っているんですから。


ただ、相手の心を「忖度(そんたく)」しすぎると、利益を求める下心まで推測してしまうのかもしれません。


「忖度(そんたく)」という聞きなれない言葉については、こちらを読んでみてくださいね^^
「忖度の意味や例文を紹介!忖度文化や忖度政治の内容も解説」にわかりやすく書いています。


利益対利益だけでは、心の本当のつながりが生まれません。
だって、利益というのは心は関係ありませんから。


相手の心を忖度(そんたく)しすぎず、いつくしみの心で「魚心あれば水心」を使っていきたいものです。


あなたは、どう思われますか。

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